増田君人力飛行レポート
日時:8月6日早朝
場所:静岡県富士川滑空場〜駿河湾
天気:曇りのち晴れ
気温:27℃
湿度:ムラムラ
風:背風1.0mのち正対風1.5m
午前1時45分
起床。
前夜、“明日は世界記録を更新して、晴れて引退だなぁ”なんて事を考えていたら、興奮し過ぎてあまり寝れなかった…。(後で世界記録はそんなに甘くないと、思い知ることになる)
11時頃に目が覚めてからずっと、暗い部屋で目を閉じて静かに横になっていた。でも眠らないことを不利には感じなかった。むしろワクワクで、絶好調!
午前2時30分
宿から飛行場に向け出発。
道中、何度も道に迷い、逆走もする。
「時間的にも余裕だから、全然大丈夫」なんて言っていたが、内心焦ってくる。こんな所で精神的ダメージを負うのはまったくもって無駄である。それに気付き、到着までに自分自身をコントロールして落ち着けたのは良かった。
到着後は、組み立て作業免除で、飛行準備のみに専念。機体を組み立てるメンバーや、スタッフ、沢山のお客さんを目の当たりにした時、「やっとこの日がきたのだなぁ」と、しみじみ思う。
もはや、記録を更新してヒーローになった自分が、みんなと抱き合い、喜びを分かち合う姿しか想像できない。気が狂ったわけではない。記録飛行挑戦日の出来事をできるだけ詳しく何度もイメージしてきた結果だ。
当日の体重は59.4kg。健康的に絞ったので絶好調!
いつも通りストレッチとアップをしながらこまめに水分をとり、ハンガーノックにならないようパワーバーやウイダーinを少しづつモグモグ。飛行直前まで水分と栄養を絶やさないようにした。
午前4時
回転試験(実際に乗り込みプロペラを回しての駆動系最終チェック)
結果異常無し!
機体に乗り込んだついでに、ドリンクと補給食を積み込んだ。ドリンクは、たまにレースで使っているスペシャルドリンク。メダリストという粉末スポーツドリンクを、コントレックス(硬水)とエビアン(中硬水)の混合水で溶かしたもの。←水が硬過ぎると胃腸に負担がかかるので、これまでの経験と勘で調合。そこにクエン酸を添加。豊富なミネラルとクエン酸で、多量の発汗や乳酸の蓄積に対抗する。つもり。
それに加え、かなり薄めた普通のスポーツドリンクも積んで、ドリンクの合計は1.5リットル
補給食は約600kcal分の流動食。カーボショッツなどで、飽きないようにいろいろ積んだ。
回転試験後、ビビリな自分はクラゲ被害防止用日焼け止めを露出部に塗った。なんでも駿河湾には、刺されると数分で死に至るという凶悪なクラゲが生息しているらしい…。こわっ!!
加えて飛行中の体温上昇を極力抑えるために、魔法の冷却剤も体にスプレーした。
午前5時
雲ってはいるが、日の出時刻を過ぎ明るくなってきた。いよいよ機体に乗り込む。
いきなりは飛ばずに、先ずは1本軽く滑走する。その滑走で離陸までのリアルなイメージが完成した。パイロットにとって、精神のコントロール、イメージは体力と同じぐらい大切。自転車選手もね。
機体も絶好調なよう☆本当に、メンバー一人一人がベストを尽くしているのだと実感。空に上がったら自分の番だ。自然と気合も入る。
今まで100本近い試験飛行をこなしてきたことや、トレーニングで力をつけてきたことは自信となり、不安も全く無かった。
海上と滑走路上の風向風速が、随時無線で流れ込んでくる。背風1m程度だったが、ダイダロス(世界記録を出した人力飛行機)が背風にのって大記録を出したことを知っていたのでテンションが上がる。ぅおっしゃー!!俺もやってやるー!!そんな具合。
もうこの時点で、離陸に必要なメンバー以外は船に乗って海上で自分を待っている。
「あとは増田のタイミングでいいよ〜」とキャプテン。
一つ深呼吸してからペダルを回し始める。
いつもの掛け声 いつものペダリング いつもの操縦
いつもと変わらぬ段取りで いつものように離陸した
離陸時刻
午前5時23分08秒
「行ってらっしゃ〜い!!」「楽しんでこいよ〜!!」と皆が下で叫んでいた。この時点でもう感動(T_T)
名残惜しむ間もなく飛行場を後にした。
そんなこんなで海に出る頃、心拍数は大体予想通りの160で有酸素運動の範囲内。自分は心拍数183あたりから無酸素領域に入るので余裕??の運動強度だった。
「えー、ただ今の心拍数160!」これが無線にのせた第一声。…が反応なし。
海に出ると船が2隻待っている。自分を先導する船と、救助用の船だ。そしてもう1隻、離陸時に飛行場に残っていたメンバーを乗せた船が、後からやってくる予定だった。
飛行序盤は背風に乗り、GPSが示す対地速度は33km/sに達していた。「背風はパイロットに負担がかかる」と言われてきたが、そんなことはなかった。どんどん進めー!!とペダルをこいだ。
ケイデンスは96rpm。可変ピッチ(プロペラの角度を変える装置で自転車のギヤのようなもの)をいじって軽めのトルクでシャカシャカ回していく作戦。だいたい240Wぐらいかなぁ…。その方が筋肉疲労を最小限に抑えられる。長距離フライトを狙うなら当たり前の方法である。
絶好の気象条件の中でフライトを楽しむうちにGPS上で、日本記録12kmを通過。ほっとした。しかしこの時点で既に汗ダラダラ。予想以上に暑い。汗で冷却剤はほとんど流れ落ちてしまっている。
“自分は期待されている、もっともっと距離を延ばさなきゃ”そう思いつつ、自分の中で次なる目標を、今年の鳥人間コンテストで後輩達が飛んだ23kmに設定した。大きな目標をクリアするには、小さな目標を設定して一つ一つクリアしていくのが基本。
GPSのナビと先導船を頼りに、細かく軌道修正しながら飛ぶ。むむっ、何だかGPSの高度計がおかしい…。−22mの表示の後7mになる瞬間を目撃。うっそぉ〜!??「今高度いくつー!?」と無線で問いかけるが反応なし。怖いので気持ち上昇しておいた。
23km地点を通過するころにはドリンクも補給食も残り半分の状態。そして大量の汗。心拍数は常に170台後半だった。
汗や疲労蓄積で、この心拍数でも本当にATギリギリだったと思う。
次の目標は1つ上の先輩が琵琶湖で記録した34km。
この頃、風は序々に正対風へ変わり、雲間から太陽が顔を出し始める。水平線からの日の出ではないけれど、十分綺麗だった。そんな景色に感動しつつも、暑さと脱水で体の機能は低下していく。失われた水分やミネラルはドリンクで補給しているつもり。
背風も正対風も感じるトルクに差は無い。正対が吹いていることに気付いたのは、GPSの対地速度が25km/sの表示だったから。それがなかったら気付かなかっただろうと思う。体力を奪われつつも、いろんな発見があって楽しかった区間。
34km地点付近、突如インカムから救助船のメンバーの声が聞こえる。なんと無線が通じたらしい!!(通信不能の原因はただのチャンネルミス)とてつもなく嬉しくなった。“もっとしゃべってくれ〜!!”そんな心境だったが、こちらから話しかける気にはなかなかなれない。暑さで話すのも面倒になっていた。
そんな中、船から「2m越えの写真を撮りそこなったから、カメラマンが乗った船が到着するまで頑張ってくれー!!!」みたいなことを告げられる。(高度2m以上を飛んでいることを証明できる写真をとらなければ、日本記録は申請できない。滑走路上で先に撮影してもらう手はずだったが、とりそこなったらしい。カメラマンは自分を見送った後で漁港に向かい、それから船に乗って追いかけてくるので、そうとう時間がかかる)
“きっと、そう言って自分を頑張らせようとする作戦なんだ”と思い込みつつ安全な高度で飛行できるよう努力した。でもそれは全くの見当違い、大体本番で嘘をつくはずがない。カメラマンを乗せた船が合流するや否や、2m越えの写真撮影が始まった。高度が足りなかったらしく、「あがれー!!」と言われたので可変ピッチをいじって推力増大、高度をとる。指示に従っているうちに写真は完了したらしい。
この時点でもう40kmにさしかかる頃だったと思う。40kmを過ぎてからは本当にきつかった。ドリンクが底をつき、体温もかなり上昇しているのが分かった。絶対に熱中症になると思った。…後で本当に熱中症になって救急車で病院送り。
脱水と疲労で操縦に集中できなくなってしまい、無線で教えられてからラダー(垂直尾翼)操作するような状況。飛行経路も滅茶苦茶だ。そんな状況下「暑かったらフェアリング(コクピットを覆うカウル)破壊していいよ」と言われたのを思い出し、とりあえず目の前の部分を壊してまくり上げる。空気が流入して、だいぶ涼しくなった。
しかし、抗力が増えたからか、単純に体力の限界が近づいたからなのか、段々高度を失う。高度がなくなってくると、船から「頑張れぇーーー!!!!!」と聞こえてくる。みんなの声に勇気づけられ、自然と力がわいてきてペダルをこぎ上昇することができた。そんなことを何回繰り返しただろうか。その時はついにやってくる。
着水時刻7時11分20秒
着水は、がむしゃらにペダルをこいでいた自分にとっては、あまりにも突然の出来事だった。いきなり体が投げ出されて自然にペダルが外れ、何が起きたか分かった時にはもう海の上。海水を飲んでしまい気持が悪い。フレームにしがみついているとすぐに救助がやってきた。もう力を全て出しきってしまい泳げない状態。
船にあがってからはホッとしたのと、悔しさと、嬉しさとが、全部ごちゃごちゃに混ざって、涙が溢れてきた。
飛行距離は、世界記録には程遠かったが、それはもうどうでも良くなった。
その後は熱中症がひどく、病院に…。全身痙攣して嘔吐した。死んで伝説になるのかと本気で思った。
去年の鳥人間コンテストが中止になり、メンバーみんながモヤモヤを抱えていたが、心のお荷物はすっかりなくなりました。
これで晴れて成仏できる。
今は全てをやりとげた満足感でいっぱだ☆
自分をここまで育ててくれた遠藤さんと、BELLE
EQUIPEのみなさんに感謝します。
ますだ なりゆき
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