エンドが行ったヨーロッパのレースの思い出

3月
ツールドノルマンディ フランス西北、ノルマンディ地方であるステージレース。6日くらいで行われ初日はプロローグで始まる。比較的平坦基調だが
微妙なアップダウン(標高差20mくらい)の連続である。
昔は各国のナショナルチームもたくさん参加しており、アマチュアメインのステージレースであったがステージ構成も
多彩で良いレースだった。ステージ中ごろには”デミエタップ”といわれる午前100km、午後100kmのステージがあり
結構高速のステージがある。エンドが行った98か97だったか忘れたがツールでも廃止になったチームTT があった。
この時は総合2位だったシュニーダ―がTT中にパンクして総合を落としてしまった。TTの時は全員ディスクで前輪はコスミック
高圧にしてパンクに強くしたのだが、丁度マンホールのフタに乗り上げ後輪をヒット。50mくらい走って止まったが
総合がかかっていたため他の選手もペースダウン彼を待ったが一度止まるとリズムが崩れるためなかなか追い上げられず
順位を落とした。
私はまだモンサンミッシェルという海の上に浮かぶ城を見たことは無いがこのレースではすぐそばを通過した。道路沿いに
モンサンミッシェルの看板は観たが、ついに観る事は無かった。
98年はスェ―デンの新しいチーム”チッキーワールド”も出ていたがかなり積極的な走りで、今有名なバクステッド、
トステンシュミトなどがいた。いつもアタックを繰り返し、平坦はスピードがあり、良いチームだったと思った。
レース的にもオーガナイズがしっかりした良いレースでアンカーも何度かでており、これからも続いて欲しいレースである。
スタートはカンという町のユースホステルで、そこにほとんどのチームが入るためメカニック作業は不便だったが、一流チーム
でも同じ所に泊まり、レースをするというのを見て日本のレースの待遇のよさに改めて驚いた記憶がある。
ユースなのでビールなどは無いと思って諦めていたのだが2年目に行ったときに地下にバールがあり、しかも安く飲める。
ノルマンディーはカルバドス(りんごから出来る強めのお酒)の産地でビックマットのメカが家が近く、カルバドスを造っている
ということで1本いただくことができた。早速マッサー、他チームのメカ達とご馳走になった。産地で飲むものは気候に合っているのか
なんでもおいしく、1晩で空っぽになった。
そういえばこの最中にサマータイムへの移行がありTT前に1時間寝すぎて危うくレースに遅れそうだった。
4月
パリ・カマンベール パリの西からスタートしてカマンベール(といっても地名は無い)近郊まで行くレース
後半は周回でゴールするタイプのレースで、前半平地基調、後半キツイ坂を含むサーキットになっている。
一度行ったが、このレースはホテルの移動だった。ちょうどFDJと同じホテルということでパスカルというメカニックと2連でトラックを走らせて行った。ホテルはヨーロッパはレストランとくっついていて、まずホテルに着くと選手たちの部屋割りをしてそれから荷物を各部屋に置いてそれから昼食を取る。ちょうどお祭りでギルドというサーカスが来ていたが閑散としていてさびしい感じだった。
夜仕事を終えて食事の時間、色んなチーズが並んでいてそれぞれ食べてみたが、日本で食べるカマンベールのあの流れるような感じのものは一つも無かった。私が考えるに多分カマンベールではないのだろうと勝手に思い込んでいたが
監督が言うには産地でしか食べれない新鮮なものらしいということが解った。
中に白く硬い部分がありそれが段々時間がたつにつれ柔らかくなるということをこの時初めて知った。
さすが産地、どんどん次から次へと出てくるのでかなりの量を食べたと思うが、宿の女将さんが日本人が喜んで食べているのを観て嬉しかったらしく、翌日からご機嫌だった。
GPレンヌ フランス東のブルターニュの端(といっては失礼)東のブルターニュのレンヌで行われるレース
今は無きエコールドシクリズム(自転車学校)近くをスタートしてレンヌ市中心部を周回してゴールする。
コースは平坦基調だが西フランス特有の短い激坂があり、手強いコースである。普通前半は集団のまま進んで周回に入るレンヌで高速の戦いになる。レンヌの本当に市街地を走るためコースは街中そのものでコーナーもあり立体交差ありで観客としては観て楽しいレースだろう。
このレースはフランスカップでもあり、フランス国内のシリーズ戦にもなっている。
2日前にあるルートアデリーとセットになっていて距離も30kmくらいと近い。
フランドルと同じ日程のため一流レーサーは来ていないがレベルが高いことに変わりは無い。
ポストの時に2回行ったが、2回とも監督がラジオのフランドルの実況を聞いていて実際のレースに集中していないという感じだった。もっともフランドルはレースの世界では重要ではある。レースは集団スプリントが多く、スプリンターの勝ちで終わることが多い。
レンヌはブルターニュの端だがブルターニュはフランスと違う言葉があり、文化的にも違う。(らしい)彼らはフランス語も話すが同時にブルトンゴも話し、東に行くほど道路の看板も2ヶ国語表示になる。
ブルターニュ半島は周りが海のため食材は日本人好みで海草などが食べられるのは嬉しい地域でもある。海草は日本人には必須栄養素らしく、最初の年に原因不明のダルさがあり市川さんに聞いてみたところヨードの関係で日本人は海草を食べないといけないらしい。確かにひじきを毎日食べることでかなり解決した。
ルートアデリーのあるヴィトルとレンヌは少ししか離れてないのに片方はフランスで片方はブルターニュという区割りがあるのがヨーロッパでも不思議な点であると同時に他民族なんだと感じるものだ。
このレースまで1月初めからノンストップで働いてきたのでスイスに帰ってダウンした。
2年連続、選手はなぜか元気でレイトショーのアクション映画を見に行ったのには恐れ入った・・・。
ツールドレマン湖
ツールド・ラック・レマン
スタートはジュネーブのレマン湖沿い。まだスイスでは朝は寒い。私がいた当時はスイスのエリートレースでアマチュアとプロの
混成レースだった。スタートしてレマン湖を東に進む。途中の地名に”コッペ”と”ロール”という地域を通るがそれそれパンの名前で
なにか曰くがあるのかと思った。ローザンヌ手前で西に進み北に折れて山に向かう。この辺はワイン用のぶどうが栽培されていて
周りはブドウ畑になっている。スイスのワインは有名ではないが飲みやすくスーパーではわりと安く手に入る。普通はコルクの栓だがスイスではスクリューキャップが普通で飲みきるのかどうかは定かでない
この辺はおいしいレストランが集中している地域で有名なジラルデリなども近所にあるらしい。
レースは坂に入ると結構勾配がキツク、8%から10%くらいが時々現れる。山は日本の峠に似ていて広葉樹林(まだ葉っぱがでていない)で非常にきれいな山を通過する。2つのピーク(コースが変わってるかも)
峠からのくだりはテクニカルで集落を抜けていくとスイス特有の突然現れる中央分離帯を避けながら下るのだが良く事故らないと感心する。一度平地に降りるとフランス国境ギリギリを通過して(この間もアップダウンあり)ジュネーブの西側からゴールに入る。
ゴールはヨットハーバーがあるところで有名な噴水(ジェドオー)の近くなので観光に行けばすぐ判る
一本向こうの通りはブランド品を売っている通りで(名前は忘れた)街の真ん中でゴールするということに驚いた。
レース後は近くのバール(喫茶店のような飲み屋のような便利な場所)で賞金の受け渡しがあった。あまりに庶民的でレーススタッフが少ないのに驚いた。
セッティマーナ
ロンバルダ
(セッティマーナ・ベルガマスカ)

イタリアのベルガも近郊で行われるレースで主にベルガモの北でコースが取られる。有名なサンペレグリーノ、コモも通過する。
北イタリアに山岳は道が狭く、急で難易度の高いレースだ。選手とは別にメカニック的には食事がおいしい地域でどこのホテルでもまずハズレはほとんど無いので嬉しいレースでもある。
以前はUCI2.5だったがコースが難しいのか2000年くらいから2.2に格上げになった。
レースはステージレースで、有名なレースで使うコースを実際に走る。ジロでも使うコースなのでほとんどのエリート選手はアマチュアの頃に走っているコースとも言える。気候は天気が良いときは暖かいが雨になるとかなり冷たい雨でミゾレ状の雨になるときもあり、厳しいレースで、優勝する選手はネオプロでもかなり強い選手になっている
コースは5日で途中TTが入った時もあった。一度は山岳TTで上りっぱなしの坂。坂だけのTTはステージレースではあまり無いので以外だった記憶がある
ステージは山岳が基調で周回コースも多く98年はコース半ばに周回が設定されてそれが激しいコースだった。平坦を右折するといきなり10%の激坂が待っていてそこから300mのぼりそれを3週繰り返す。周回を終わると集団は30人くらいになってそのまま総合優勝争いに繋がるというコースだった。イタリアのレースはとにかく激しいが、日本人のように小柄な選手が活躍できるのはイタリアは適しているかもしれない。
フランスでスピードを付けてイタリアで勝負する。これが一番ではないかと思っている。
スイスからイタリアに行くと太陽が輝いていて、アルプスを越えると全然ちがう。暖かいにも日本人には有利ではないかと思う。
話は逸れるがベルガモ北の渓谷はタレッジオといってイタリアで有名なチーズの産地だった、おいしいチーズが出ていたので感動していたが後で知ったのだが最初に知っていればもう少し多く食べておけばよかった。